その日は、朝から暑かった。授業中も何だかそわそわして落ち着かなかった。それは、今日は、校内水泳記録会が行われるからだ。ぼくは、50mと100mの自由形にエントリーしていた。今年は、授業でプールに入る回数が少ないうえ、夏休みもソフトボールスポ少の練習とぶつかり、学校の水泳練習にあまり参加できなかった。練習は、十分とは言えず、不安を残しながらの大会となった。
さて、午後になりいよいよ水泳記録会が始まった。最初の種目の50m自由形は順位はあまりよくなかったが、立たずに最後まで泳ぎ切りことができた。次は、問題の100m自由形だ。順番を待つ間に、だんだん不安が高まってきた。というのも、100mに挑戦したことはなく、今日が初めてだからだ。
「なんで100mに出るなんて言ってしまったのだろう。」
と今さらながら、軽く考えていた自分がいやになった。事の重大さに今頃気づいたが、もうおそかった。ぼくのドキドキはもう止まらない。そこである考えが浮かんだ。
「そうだ、やめてしまおう」と。
ついにぼくは、先生の所へ行った。
「あの、種目を変えたいんですが・・・。」
と言うと先生からは、
「一度決めたんだから、体調が悪いとか、特別な事情がない限り変更しませんよ。」
と言われた。ぼくのお願いは、聞き入れてもらえず仕方なくプールサイドにもどった。もう泳ぐしかなかった。
「ピー。用意。バーン。」
とうとう100m自由形が始まってしまった。ぼくといっしょに泳ぐのは、スイミングスクールに通っている友達ばかりだった。緊張しているせいか体が思うように動かない。25mのターンをした。あと75mもあるのかと思うと、ゴールにたどりつけるのか気が重くなった。そんな弱気のせいで50mにさしかかろうとした時に、ガバガバとぼくの口の中に水が入ってきた。大量に水を飲んでしまったのだ。息が苦しく、もがいているうちにとうとう立ってしまった。
「やめたいと言ったのに、やめさせてくれないからこうなったんだ。」
と、先生を少しうらんだ。そう思うと急になみだが出てきた。ゴーグルがくもって何も見えない。
「もうやめよう。」
そう思ってプールサイドに行こうと思った瞬間、
「○○○君、がんばれ。」
とだれかの声がひびいた。やがてその声は重なり、いつの間にか、
「○○○、○○○、○○○。」
の大合唱になっていた。100mに出ると言ったのは、まぎれもなく自分である。泣いて逃げようと自分。意気地なしの自分。泳ぐべきか、このままやめるべきか。立ってからずっと頭の中では、もう一人の自分と戦っていた。プールサイドの声は鳴り止まずどんどん大きくなる。
「ここで負けてどうする。」
そう思えてきた。
みんなの声が、ついにぼくの背中を押した。
次の瞬間、ぼくは、プールの底をけって泳ぎ出していた。その後のぼくは、何度も水を飲み、何度も立った。そのたびに涙が出た。しかし、ここでやめたら、泣き虫の自分のままで終わってしまう。もう迷いはなかった。そしてやっとの思いでゴールした。みんなが大きな拍手をしてくれた。また、じわっと涙がこぼれた。
家に帰ると、水泳記録会を見に来ていた母が言った。
「○○○、今日は最後までよくがんばったね。でも泣いたらだめだよ。」
と言った。ぼくは、涙もろい性格で、いろいろな場面でよく涙が出てしまう。今日流した涙は、自分の思い通りにならないくやしさの涙。がんばれない自分を責める涙。そして、迷いを振り切り、一つのことを乗り越えた涙だ。そして、ゴールをした時にじわっと出た涙は、みんなの温かさにふれた涙だ。本当にいろいろな涙を流した。泣くことは決して悪いことではない。しかし、母が言った「泣くのだめ。」というのは、精神的に強くなってほしいという願いからだと思った。
ぼくは、この秋からソフトボールスポ少のキャプテンを任されることになる。今まで監督から注意を受けると涙が出ることが度々あった。今度は、そう簡単に泣くことはできない。今日の水泳記録会で、泣きながらがんばったこと、無謀とも思える挑戦をやり通したことは、大きな自信となった。いろいろな涙の味を味わった。
さて、来年の水泳記録会はというと、やはりちゃんと練習してからのぞむことだ。来年はとびっきりの笑顔でゴールをしたい。