仏教のなかには,
「托鉢」という行があります。
笠をかぶったお坊さんが、
手に鉢をもって家々を回り
お布施を頂くという行です。
お釈迦さまは、
托鉢に向かう弟子たちに、
こう言ったんです。
「お金持ちの家ではなく、
貧しい人たちの家を回って
托鉢をしてきなさい」
普通、
お布施をいただくんですから、
お金持ちのところに行くのが常識ですよね?
しかし、
お釈迦さまの思いは
別のところにありました。
貧しい人がなぜ貧しいのか。
それは、
自分のためにしかお金を使わないからであり
その人たちに
与える喜びを味わってもらう機会を
生みだすのが、
托鉢の真の目的だったのです。
友人の絵本作家の
のぶみさんが
こう教えてくれました。
「神社のご神体が鏡なのは、
なんでだと思いますか?
鏡は、
『この世界はすべて逆なのだ』
ということを教えてくれているんです。
鏡に映すと、
右と左が逆になるように。
神社では、
お願いをしにくる人の願いが
叶うんじゃなくて、
カミサマの願いを
聞きにきてくれる人の願いが
叶うんです。
逆なんです。
神社で売られているお守りもそう。
お守りに守ってもらおうと
頼る人が守られるのではなく、
このお守りを守ろう守ろう、
大切にしよう
と思う人が守られる。
「逆なんです」
カミサマの願いを聞きにきてくれる人
というのは、
自分の願いだけを言いに来る人
ではなく、
みんなの幸せを願いにくる人
だそうです。
だから、のぶみさんは
神社ではこう祈っているそう。
「カミサマのお手伝いができますように。
日本が ちょっとでも良くなるように、
がんばりますから」