第57回卒業証書授与式 校長式辞(全文)
- 公開日
- 2019/03/14
- 更新日
- 2019/03/14
校長室
暖かい陽射しに木々の芽もようやくふくらみ始め、校庭を吹きわたる風に、春の訪れを感じる、今日の佳き日、多数のご来賓、保護者の皆様方のご臨席を賜り、第五十七回卒業証書授与式を挙行できますことは、卒業生はもちろんのこと、教職員一同、この上ない慶びであり、心より感謝申し上げます。
さて、ただ今、卒業証書を手にした百十九名の卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
皆さんは、入学以来、学習に、部活動に、そして、生徒会活動に積極的に取り組み、数々の輝かしい実績を残し、伊達中学校の伝統に、また新たな一ページを付け加えてくれました。
各運動部の県北・県大会、さらには東北大会、また、吹奏楽部の県コンクールでの活躍ぶりは本校生徒として胸のはれる素晴らしい活躍でした。
華道茶道部、情報科学部も各種コンクール、桃花祭、ボランティアなどでの活躍も大変立派でした。
私にとって、各種大会での応援は、楽しみであり、喜びでもありました。
学習面でも、高い学力とともに、各種大会・コンクールで優秀な成績を残し、時間が足りないくらいの表彰披露の場面を思い出します。
一方、「校内体育大会」や「桃花祭」においては、各学級が一丸となって取り組み、爽やかな汗を流すとともに、学級一体となった発表やビッグアートの作成、心を一つにして歌い上げた「校内合唱コンクール」など、いつまでも心に残る素晴らしい思い出となりました。
このように素晴らしい成果と思い出を残すことができたのは、常に『文武両道』をスローガンに、ひたむきに努力する「強い心」、先生方の真剣な指導をしっかりと受け止める「素直な心」、そして、みなさんを支え励ましてくださった保護者、地域の方々に対する「感謝の心」があったからこそだと思います。これらの学習や活動の中で味わった「喜び」、「悔しさ」、そして「流した涙」は、皆さんの一生の宝・思い出になると思います。
さて、東日本大震災・原発事故から八年が経ちました。当時、小学生であった皆さんは、このことをどのように受け止め、そして、この八年間、どう思い続けてきたでしょうか。世の中は、一見落ち着いているように見えますが、様々な報道から察するところ、風評被害も含め、復興は道半ばです。将来、皆さん自身が復興の担い手として嘱望さていることは言うまでもありません。
そのような皆さんの前途を祝し、はなむけに2つお話をします。
一つ目は、2020年、東京オリンピック開催に関わっての内容です。現在、復興五輪のスローガンのもと、聖火リレースタート、野球、ソフトボール競技の開催など地元福島県でも開催に向けて機運が盛り上がっているところです。
東京で開催されるのは2回目になります。1回目は1964年10月で、今からおよそ55年前になります。その時、日本代表のマラソン選手の一人として活躍した君原健二さんのエピソードを紹介します。
君原選手は、東京オリンピックで8位、4年後のメキシコオリンピックでは銀メダル、その次のミュンヘンオリンピックでは5位の入賞を果たすという日本を代表するすばらしいマラソン選手でした。さらに、すばらしいことに、君原選手は、引退するまで35回のレースに出場しましたが、その全てのレースにおいて完走したそうです。
その君原選手は、「私は苦しくなると、よくやめたくなるんです。そんな時、あの街角まで、あの電柱まで、あと100mだけ走ろう。そう自分に言い聞かせながら走るんです。」とお話をされています。
皆さんも長距離走や部活のランニングできつくてきつくて走るのをやめてしまいたいと思った経験があるのではないでしょうか。君原選手も同じ気持ちになっていたそうです。
そんな時、自分の目の前に見える「あの電柱まで」走ろう。そして、その電柱まで来たらその次に見える「あの電柱まで」と自分に言い聞かせて走っていたのだそうです。
この君原選手のエピソードは、大きな目標を達成するためには、それを実現するための小さな目標を掲げ、一つ一つクリアし、積み重ねていくことの大切さを教えてくれていると思います。 皆さん、マラソンに限らす、これからの人生において、つらくて、もし、途中で投げ出してしまいたくなったときは、君原選手の「次の電柱まで」という言葉と、このエピーソードを思い出してほしいと思います。
二つ目のお話は、「良い習慣で人生が変わる」という内容です。
〇心が変われば行動が変わる
○行動が変われば習慣が変わる
○習慣が変われば人格が変わる
○人格が変われば運命が変わる
これらの言葉は、野球の松井秀喜選手の座右の銘であり、星稜高校時代の山下監督から贈られた言葉として有名です。
卒業生の皆さん、伊達中学校での三年間でどんな生活習慣を身に付けましたか。
『文武両道』も中学校生活における目指したい習慣の一つだったと思っています。
積極的に良い習慣を身に付けることで自分をより良く成長させていくという考え方は、これからの皆さんの人生においてとても大切な考え方だと思います。
そのためにも、多くの人との出会いを大切にして、心を変えるきっかけをたくさんつかんでほしいと思います。柔軟なやわらかい心をもって、自分を大切にこれからの人生を歩んで行ってほしいと思います。
そして、卒業生百十九名の皆さん一人一人が、校歌の歌詞「若い力があふれる、若い瞳がかがやく、若い翼が羽ばたく」のように、自らの力で、自らの人生をを切り拓き、幸多き人生を送ることを心より願います。
保護者の皆様方、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。
先ほども申しましたように、東日本大震災・原発事故ともに送った小学校時代、そしてこの中学校三年間は保護者の皆様にとっても大きな不安の連続だったと思います。しかし、本日、義務教育九ケ年を修了するという大きな節目を迎えられたお子様の晴れ姿に、感激もひとしおのことと思います。心よりお祝い申し上げます。これまでの皆様方の本校教育に対するご理解とご協力、ご支援に対しまして、深く感謝とお礼を申し上げます。
結びに、この三年間、卒業生を厳しい中にも、温かく見守り、いつも励ましていただきましたご来賓の皆様方をはじめ、地域の皆様、そして、伊達市、教育委員会の皆様、学区内の各校の先生方に心よりお礼と感謝を申し上げ、式辞といたします。
平成三十一年三月十三日